読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

山形方人(nihongo)の付け足し

Twitterアカウント @yamagatm3 の付け足し おもに個人的な研究関係の情報を掲載

Sdkの構造生物学

シナプス認識分子Sidekickの接着と特異性の分子的基盤

http://dx.doi.org/10.7554/eLife.19058

Molecular basis of sidekick-mediated cell-cell adhesion and specificity

Kerry M. Goodman, Masahito Yamagata*, Xiangshu Jin, Seetha Mannepalli Phinikoula S. Katsamba, Göran Ahlsén, Alina P. Sergeeva, Barry Honig, Joshua R. Sanes*, Lawrence Shapiro

(Department of Biochemistry and Molecular Biophysics, Columbia University, New York, NY 10032, USA.

*Department of Molecular and Cellular Biology and Center for Brain Science, Harvard University, 14 Cambridge, MA 02138, USA)

 

この数年間、私が心がけてきたことに、非常に違う研究分野の研究に関わってみるということがあります。今回は、コロンビア大学ポスドクKerry Goodman博士(Larry Shapiro博士、Barry Honig博士のラボ)との共同研究で、本格的な構造生物学の論文で、eLifeに発表しました。

 

神経回路のでき方:鍵と鍵穴

神経回路というのは、ニューロンから伸びた突起同士が繋がってできます。神経系というのは、学習して何かを記憶をしたりすれば変化しますが、ヒトの神経回路、ネズミの神経回路というのは違いますし、ヒトのそれぞれの個人の神経回路も基本的なところは同じ、つまり遺伝情報によって決まっているということです。

神経回路ができる時には、異なるニューロン同士の突起が「接着」してつながるというメカニズムは、半世紀ほど前、Roger Sperry (1913-1994)によって化学親和説という説が提唱されました。これは、直観的に単純なアイデアで、それぞれのニューロンの表面に鍵、それがつながる別のニューロンには鍵穴があって、その鍵と鍵穴の形が同じなので、正しくつながるということです。そして、20年ほどの間に、こういう鍵と鍵穴のような役割をする分子というのが実際にわかってきました。

f:id:dufay:20160927183823j:plain

ニューロン同士が正しくつながる時の鍵と鍵穴(Sanes and Yamagata, 2009)。

 

免疫グロブリンスーパーファミリー接着分子Sidekick

免疫グロブリンスーパーファミリーに属するSidekick1Sdk1)およびSidekick2Sdk2)は、2002年,Yamagataらにより,ニワトリの網膜において異なる種類の網膜神経節細胞に特異的に発現し、ニューロン間の結合発生に関わる、そのような鍵と鍵穴の役割をする細胞表面分子として発見され、研究されてきました。

 

OMIMの解説

Sidekick-1   https://omim.org/entry/607216

Sidekick-2   https://omim.org/entry/607217

 

2015年、マウスの網膜においては、Sdk2遺伝子の発現は、網膜のW3B神経節細胞およびそのシナプス結合パートナーであるVG3アマクリン細胞において発現していることを報告しました。そして、Sdk2遺伝子の発現の欠損したマウスを作製することで、このシナプスの機能に障害が起こることを示しました。

 

シナプス接着分子Sdk2は網膜において物体の動きを検出する神経回路の形成に機能する

http://first.lifesciencedb.jp/archives/10478

 

2つのSdkは、6個の免疫グロブリンドメイン(Igドメイン、楕円形)、13個のフィブロネクチンIIIドメイン(FNIIIドメイン、長方形)、1つの膜貫通ドメイン、細胞質ドメインをもつ巨大なタンパク質です。細胞質ドメインにはシナプスに局在するタンパク質にしばしばみられるPDZドメインと結合するPDZ結合モチーフがあり、実際に、PDZドメインをもつある種の足場タンパク質と結合することがわかっています。

 

f:id:dufay:20160919102358j:plain

 

特に重要なのは、Sdk1Sdk1と,Sdk2Sdk2と特異的に結合し,Sdk1Sdk2とは結合しないホモフィリック(同種親和的)な性質を持つということです。つまり、鍵と鍵穴が同じ分子になっているということです。したがって,2つのニューロンが同じSdkを発現していれば,神経突起どうしがホモフィリックな結合を起こし接続にいたると考えられます。

 

f:id:dufay:20160928042924j:plain

 

 

Sdk接着に必要な構造

今回、馬蹄形の立体構造を持つN末端の免疫グロブリンドメインIg1-4)のSdk1Sdk2外部ドメイン領域の結晶構造を解くことに成功し、その構造から、ホモフィリックな結合がどのように生じるのか、ということを推測しました。

 ホモフィリックな分子間相互作用をする免疫グロブリンスーパーファミリーの認識分子は数多く知られていますが、Sdkとよく似ているものに、Dscam, Contactin, Neurofascinなどがあり、既にその構造が推定されています。驚いたことに、Sdkの構造から推定されるホモフィリックな分子間相互作用は、これまで解明されてきた他の免疫グロブリンスーパーファミリーの様相とかなり違っているようです。例えば、Contactin2は、Ig2同士が相互作用をするということで結合するようですが、Sdkの場合、Ig1とIg2、Ig3とIg4、そしてIg1同士が相互作用するという形になっているようです。

f:id:dufay:20160926160337j:plain

 

この構造を見てみると、2量体になった時、それぞれのインターフェースで相互作用していると考えられるアミノ酸残基がどれなのか、というのがわかります。特に、N22(アスパラギン残基22)は、その相互作用している位置にあります。この残基を別のアミノ酸に変異すると、2量体の形成が激減することがわかりました。そして、分子全体を細胞に発現させた時に観察される細胞接着活性も消失します。

f:id:dufay:20160918212050j:plain

 

興味深いことに、この細胞接着活性を失った変異分子は、異なる細胞間での細胞接着をしなくなるだけでなく、一つの細胞に発現させた場合も、正常なものとは違う様相を示すことがわかりました。つまり、本来、細胞接着のために、違う細胞上で発現した場合に起こる分子間相互作用(Trans相互作用)が、同じ細胞表面上でも起っているということです(Cis相互作用)。

 

f:id:dufay:20160918212032j:plain

 

Sdkの場合、Cis相互作用とTrans相互作用を同じ構造を使って行っている。その結果、細胞接着が起っていない場合は、同じ表面上で相互作用していることで、細胞接着の特異性を高めているのではないか、というモデルを提案しています。

 

f:id:dufay:20160918211949j:plain

半世紀前、Sperryが化学親和説を発表したころには、このような神経回路形成に関わる細胞表面分子の実体さえもわかっていなかった。また、細胞接着研究の歴史の中では、Ruoslahtiらが見つけた細胞接着分子フィブロネクチン中のRGDという短かな配列がそのレセプターとの相互作用に大切であると、驚きをもって迎えられた時代もありましたが、時代が進んで、こういうことがわかってきたというのが隔世の感があります。