山形方人 Masahito Yamagata, PhD

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ARTEMIS

 

特定神経細胞の電顕レベルの超微形態と結合性を短期間に解明する方法論(ARTEMIS法)

http://dx.doi.org/10.7554/eLife.15015

Reconstruction of genetically identified neurons imaged by serial-section electron microscopy

Maximilian Joesch , David Mankus , Masahito Yamagata , Ali Shahbazi , Richard Shalek , Adi Suissa-Peleg , Markus Meister ,

Jeff W. Lichtman , Walter J. Scheirer, Joshua R. Sanes

 

私たちが最近発表したsplit HRP(先日解説)に続いての植物由来ペルオキシダーゼを用いたコネクトミクスの論文です。

現在、神経回路のシナプス結合性のパターンまでのリコンストラクション(コネクトームの構築)には、多数の連続切片の電子顕微鏡撮影が必要です。しかしながら、神経回路のコネクトームを完成させるのは、莫大な時間と労力を要します。

コネクトーム - 脳科学辞典

しかし、KOマウスとwildtypeマウス、疾患モデル動物と正常動物、薬剤を投与した動物とその対照動物の神経回路を比較するために、すべての神経細胞のコネクトームを観察する必要性は必ずしもないわけです 。今回、これまでの神経細胞をすべて観察するコネクトーム構築ではなくて、ある特定の神経細胞だけを電顕レベルで短時間でリコンストラクションする方法を開発しました。

このためには、まず電顕で観察が可能な遺伝的なレポーター遺伝子を特定の神経細胞で発現させる必要があります。今回利用したのは、植物由来の酵素ペルオキシダーゼのcDNAのアデノ随伴ウィルスベクターAAVによる強制発現です。

植物由来のペルオキシダーゼは、2つのタイプを用いました。一つは、西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼHRP、もう一つはアスコルビン酸オキシダーゼ(APXあるいはAPEX)です。これらのペルオキシダーゼcDNAをCreレコンビナーゼが 特定の神経細胞で発現するマウスの神経系で発現させ、それをペルオキシダーゼの基質であるジアミノベンジジン(DAB)で染色後、電子顕微鏡で観察する。このアイデアは一見簡単そうなのですが、実際は困難であって改良が必要でした。

具体的には、ペルオキシダーゼの活性が弱いと 、固定後の試料内で酵素反応を長時間行わせるために、電顕で観察できる超微形態が失われてしまう(酵素は強い固定液の中では反応しないし、過酸化水素が組織にダメージを与える)。さらに、昔から使われてきているペルオキシダーゼの基質であるDAB反応産物の沈着(電子密度が高い)の検出感度が電顕下では期待したほど良好ではないということでした(通常の試料作製法ではうまく見えなくなってしまう)。

まず、これらの酵素の活性を高め検出感度を良くするために、HRPとAPEXの配列を改良しました。APEXは、 MITのAlice Ting教授のグループで開発されたAPEX2を使いました。そしてerHRPは私が哺乳動物で活性を強めるように配列を改良したものです。

次に、電顕試料を作製する際、試料を「還元」するという単純なステップを加えることで、 ペルオキシダーゼによるDAB沈着を超微形態を失うことなく感度よく観察できることがわかりました。

 

f:id:dufay:20160629153606j:plain(論文より引用、Creative Commons Attribution)

 

具体的に、この方法が、哺乳動物マウスの視覚系と無脊椎動物ショウジョウバエの神経系で利用できることを示しました。erHRPはAPEX2より強いペルオキシダーゼですが、小胞体ERのルーメン(細胞外に相当)に局在するように発現させないと活性を持たないため、ERが少ない軸索での検出には適しません。一方、APEX2は、細胞質内で活性を持つので、軸索、樹状突起、細胞体のどこでも利用することができます。

このようにして特定の神経細胞を標識した薄い連続切片を、Lichtman教授らがコネクトーム構築の目的で開発してきたATUMという方法で作製し電顕撮影するのですが、 この方法を使うと神経細胞が標識されているので、低解像度の電顕写真が利用できることがわかりました。更に、それぞれの切片で標識された神経細胞を自動的にトレースすることができるコンピューターアルゴリズムを開発しました。

以上、植物由来遺伝子の分子生物学を用いた神経細胞の標識、電顕試料の処理法、コネクトーム構築にも使われる連続切片作製と撮影技術、更にはコンピュータプログラムの開発という一連のマルチディシプリナリーな方法により、 特定の神経細胞の超微形態とその結合性を検出できる戦略が開発されました。この方法により、ノックアウト動物 、疾患モデル動物、薬剤投与した動物などの神経細胞の超微形態や結合性の観察が短期間で可能になるので、 様々な研究に有用な方法論であると考えます。もちろん、マウスだけでなく、他の動物でも利用が可能です。オープンアクセスでダウンロードできる論文の付属資料にプロトコールが付いています。erHRP、APEX2を持つAAVベクターは、Addgeneから、トレースするMatlabソースコードなどはeLifeのサイトから入手可能になる予定です。

なお、これらのペルオキシダーゼレポーターの取り扱いについては、私が担当しましたので、詳細な問い合わせに対応できますので、質問などありましたら、お知らせください。

 

ARTEMIS

Assisted Reconstruction Technique for Electron Microscopic Interrogation of Structure